モンゴル国の概要 ウランバートル市 チンギスハーン像と13世紀テーマパーク
ドガナハッドとミニナーダム祭 テレルジ国立公園
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モンゴル国の概要
地理
モンゴルはロシアと中国の間に挟まれた内陸国である。全面積は1,565.600平方kmで、日本の約4.2倍である。中国とは西部、東部、南部で接しており、4,673kmの国境がある。ロシアとは北部で接しており、3,485kmの国境があります。モンゴルの人口は270万人で、世界でも人口密度の低い国のひとつである。首都ウランバートルには90万人が居住している。他の主要都市としては、北部の工業センター都市であるダルハン、同じく北部にある銅鉱山センターであるエルデネットがある。人口の40%が、地方に住む遊牧民である。残りは、主要都市および全国に点在する小さな町に住んでいる。
気候および気象
モンゴルの緯度(北緯42度から52度)は大体中欧または米国の北部諸州と同じ緯度である。高緯度で、人口密度が少なく、大洋から離れた内陸国で、気候は変動が大きく、降雨量は低い。ウランバートルの降雨量は年平均220mm, 約10インチです。雨は短い夏に降り、冬の間は一般的に乾燥しており、非常に寒い。
モンゴルには四季があります。内陸型の乾燥した気候で、雨量が少ない。年間の晴天の日が約250日。
夏は40度近くになる日もある一方で真冬はマイナス40度を下回ることもある。モンゴルの夏は約1ヶ月と短く1年の約半数は氷点下になる。ウランバートルでも8月の末には雪が降ることがある。日中と夜間の気温差、冬季と夏季の気温差が激しい。
気候と地理的環境の結果、穀物農業には制約があり、むしろ、家畜の生産に適している。遊牧による牧畜(主として羊、山羊、馬、牛、ヤク、ラクダ)が、モンゴル経済の主産業のひとつで、文化的同一性を形成している。国土の65%は、ステップとよばれる草原で、南部の1/3はゴビ砂漠である。森林と山岳地帯は国土の12%で、主として北部に位置している。
言語
モンゴル語。表記はキリル文字。社会主義国時代、ロシアの影響が大きかったためロシア語は義務教育には入っていたが、1990 年代の民主化以降は、英語や日本語等の外国語教育も盛んになってきた。
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歴史
近代モンゴルの歴史はチンギスハーンが、モンゴル民族を統一し、アジア、中東、欧州に一連の軍事侵攻を開始した1206年に始まる。チンギスハンの息子と子孫たちは13世紀に歴史最大の帝国を築き上げた。領土は現在の北部ベトナムから、中東および東欧、ロシアまで広がった。しかし、14世紀の半ばまでに、内部闘争によりが帝国が崩壊し、17世紀に中国の満州清王朝がモンゴル全土を支配した。
1911年の中国革命により、北部モンゴルの皇太子がUrgaの生仏と言われたDamba Khutukhtuとともに、モンゴル自治国を宣言した。1921年7月に、モンゴルは独立国家として宣言を行った。1924年に生仏が死ぬまで王国として存続した。1924年には、ソ連の支援の下で、社会主義に基づく中央計画経済、政治システムによるモンゴル人民共和国が形成された。ソ連の支援は、65年間続いたが、1989年になって、ソ連軍隊の撤収およびソ連のグラスノチが起こり、ウランバートルで民主化のための抗議運動が始まった。多くの東欧諸国と同様に、モンゴルでも、共産政権の崩壊が起こり、民主的政治制度が採択された。
1989 年末に民主化運動が発生して以来、複数政党制の採用、自由選挙の実施等民主化が急速に進展した。92 年 1 月には、新憲法が採択され、同年 6 月には新憲法に基づく初の総選挙が、93 年 6 月には国民の直接投票による大統領選挙が実施されている。また、96 年 6 月の総選挙では民主連合が過半数を占め、エンフサイハン民主連合議長が首相に選出された。同首相は、大規模な行政機関の統廃合、公共料金の大幅引上げ、国有企業の民営化、自由貿易政策の徹底等の諸改革を実施した。1997 年 5 月の大統領選挙では、人民革命党のバガバンディ党首が選出された。 1998 年 1 月の法改正及び関連決議のためエンフサイハン政権は 4 月総辞職に追い込まれ、与党最大会派の民族民主党エルベグドルジ党首が新首相に選出された。
2000 年 7 月の第 3 回総選挙では人民革命党が 76 議席中 72 議席を獲得し、圧倒的勝利で再び政権についた。この結果エンフバヤル党首が首相に就任。2001 年には同党推薦のバガバンディ大統領も再選され、民主化と市場経済の推進と、国内東西横断道路建設計画、海外からの投資拡大による経済活性化政策を展開していった。しかし与党人民革命党圧倒的多数で可決された土地私有化法が 2003 年 5 月から施行され国を大きく揺るがすこととなった。
モンゴルでは、民主化以降、人民革命党と民主党の2大政党で比較的安定的に民主政治が継続している。
人口
人口 273 万 2,700 人(2009 年末)、他の国と比べて最も人口密度の少ない国のひとつである。首都ウランバートルの人口は 110 万人。人口の 6 割は都市や定住地に住み、4 割は主に牧畜を営んで生活している。
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モンゴル国の首都。面積1359平方kmで、総人口の約2分の1に当たる約110万人が居住している。
市の歴史は1639年のラマ教寺院の建立に始まり、2009年で370周年を迎えた。四方を山に囲まれた盆地で、標高1351m、平均気温は7月17.0度、1月−26.1度で、年平均降水量233mmの大部分が夏に集中する。近代的アパートや工場、伝統的住居ゲルが共存する草原の中の大都市。郊外には大草原が広がり、遊牧民が伝統的遊牧生活を営んでいる。名実ともにモンゴルの政治・経済の中心地で、中国からロシアに至る国際鉄道の主要な中継地。主産業は鉱物、食肉加工、製粉、製乳。
この地域は16世紀に現在のモンゴル国の大多数を占めるハルハ族が支配するようになり、17世紀にハルハの人々が尊崇するチベット仏教の活仏、ジェブツンダンパ・ホトクトの支配地になった。その後、モンゴル高原は清朝が支配することになり、この町を「庫倫(クーロン)」と呼び、漢民族の商人が住み、ロシア人も訪れるようになった。1911年に清で辛亥革命が起こると外モンゴルのハルハ族は独立を宣言し、さらに1924年にモンゴル人民共和国成立した後、都市名は「赤い英雄」を意味するウランバートル(モンゴル語の発音は『オラーンバータル』に近い)に改められ現在に至っている。
ウランバートルのおもな観光地
スフバートル像
スフバートル像は「建国の父」とされるスフバートル(1893〜1923年)の名が冠された東西100メートル、南北250メートルのスフバートル広場の中央に1946年に建てられた。スフバートルは1921年のモンゴル革命の指導者の一人で、国の英雄とされている。
1921年、モンゴルは独立を宣言。スフバートルらはモンゴル人民党を1920年に創設し、翌年七月に樹立された新政府で陸軍大臣兼全軍司令官になる。だが、1923年に若くして急死する。周囲の政府庁舎、オペラ劇場、科学アカデミーは、第二次大戦後に抑留された日本人によってつくられている。
ザイサン丘
ザイサン・トルゴイ(戦勝記念碑)
モンゴル、ソ連両人民の友好、ソ連兵士の記念のため作られた戦勝記念碑である。ザイサン・トルゴイはウランバートル南の高台に位置する。ここからはウランバートル市内全景が見渡され、観光ポイントになっている。
1971年 に完成。 幅3メートル、周囲60メートルの鉄筋コンクリート製の輪によって囲まれ、輪の外側にはモンゴルの民族文様を背景に、ソ連とモンゴルの勲章とメダルが浮き彫りにされている。
自然史博物館
この博物館には、モンゴルの自然に関する豊富な展示物が保存されている。 自然史博物館はスフバートル広場のすぐ北側にある。この博物館のメインは、なんといってもゴビから産出した恐竜化石。そのほかに、各種恐竜化石、日本モンゴル合同隊が発掘した恐竜の卵群、中でも孵化したばかりの幼い恐竜たちの化石は7000万年以上前のものとはいえ、心なしの涙を誘うものがある。そのほか鉱物資源、動植物標本、宇宙開発(モンゴルからソ連のロケットで宇宙にでた飛行士がいる)、天体の仕組み等部屋ごとに学生の教材として利用されやすく配置されている。
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ボグドハーン宮殿博物館
革命前は第8代活仏の冬の宮殿であった。現在の建物は1919年に建立されたもので、その建築様式は釘を一本も使わない木組み方式と言われており、第8代活仏の生活用品や、世界各国から献納された動物の剥製、チベット仏教の曼茶羅、仏像等が展示されている。
民族歴史博物館
民族歴史博物館は政府宮殿から道路を挟んで横に位置する。考古学的な資料、革命前の生活および革命後の生活がしのばれる資料が展示されている。
モンゴルの地方ごとの部族の民族衣装の展示は興味深い。
ガンダン寺
1838年、第五代活仏によって建立された仏教寺院で、極左政権 期には寺院としての機能は失われたが、40年代には回復され、文化財保護修復運動の中心となっている。観音堂には、第八代活仏を祈願して建立した26メーター高さの観音像のメグジドジャナライセクがある。
日本人墓地
現在、ウランバートル近郊で立ち入り可能な日本人墓地は、ダムバダルジャ‐とホジルボランの2ヵ所です。ダムバダルジャーの墓地には853柱が埋葬され、石碑も建てられています。墓参するには事前にモンゴル赤十字の許可を得ることが必要です。
ウランバートル市内ショッピング
スカイショップ
スカイショップは、韓国資本の大型ショッピングセンターで、チンギスハーンホテルの隣。
入り口を入ると、1階は衣料品、半地下部分は家電製品、コンピューター、CD&DVD、本などが売られている。2階には、ギフトショップ、ヘアーサロン、韓国系のパン&ケーキ屋さん、宝石屋、ファーストフードショップ、ビタミン&健康食品コーナーがある。また眼鏡、キッチン用品、文房具、アウトドア用品、旅行鞄、スポーツ用品、車用品、靴、カシミヤ、寝具などが売られている。3階は、子供服と若者向けのファッションブランド売り場となっている。2Fのスーパーでは、中国や韓国から輸入された食材や酒、調味料も豊富。惣菜コーナーでは、キムチやナムル、トンカツ、焼肉などが売られている。
モンゴル国立デパート
ウランバートルの中心、エンフタイバン通りのショッピング街の中核となる百貨店。1階は時計や化粧品、奥のスーパーマーケットには酒・食料品・日用品、2階はファッション関係、3階は電気製品と書籍、CD類、4階はインテリアや家具、5階はモンゴル民芸品売り場となっていて、モンゴル一の品揃え と言われる。高級品も多く、外国人の買い物客も多い。出入り口はすりに囲まれやすいので貴重品をしっかり持つ注意が必要。
チンギスハーン像は、ウランバートルから東へ54km離れた美しい自然のなか、トゥール川を望む高台にあり、高さ30mの騎馬像の中をエレベータで上ると馬の頭の部分が展望台になっており、周囲の広々とした草原を眺望できます。テーマパークの面積は212ヘクタール。光り輝いている騎馬像はステンレスで作られています。また騎馬像を支える建造物はチンギス・ハーンの博物館になっています。2006年10月完成。
13世紀テーマパーク
ウランバートルの東96kmに位置するテーマパークは13世紀のモンゴルが再現されており、実際に13世紀のモンゴルの環境でモンゴル人が生活し、働いている様子を見ることが出来る。ここは敷地全体が王国となっており王と王妃の宮殿、貴族の館、鍛冶師や大工のゲル、シャーマンのゲル、遊牧民のゲル、農民のゲルなどが点在している。また教育ゲルではモンゴル文字の書き方や馬の尻尾で作られた楽器「馬頭琴」で素晴らしい音色を奏でることに挑戦することができます。2006年6月オープン。
ドゥガナハド・リゾートキャンプ
リゾート型観光キャンプのひとつ、ドゥガナハド・リゾートキャンプはウランバートル市から北へ108km絵に描いたような山谷にあり、40棟のゲル、110人収容可能です。四季を通して一年中営業しています。
モンゴルでは「ゲル」を観光客用に宿泊施設として利用しています。ゲルの中には3〜4台のベットがあり、中央には薪ストーブ、テーブルと イスがあります。夏場でも朝晩の冷え込みがある場合はストーブを利用します。このゲルと隣接してレストランやトイレ、シャワー室などの施設のあ る別棟があります。
ドゥガナハド・リゾートキャンプでは夏の美しい草原で乗馬を楽しんでいただけるよう、インストラクターがつきっきりで馬の 乗り降りの仕方、操作方法を指導いたします。 空はさらに澄み渡り、星空はより輝く美しいモンゴルの夏をぜひ体験してみてください。
ゲルには4名まで宿泊できます。レストランはツーリストキャンプの中心にあり、朝・昼・夜の3食全てを用意します。ミネラルウォーターや場所によってはビールとモンゴル酒と馬乳酒なども販売しています。 また、モンゴル肉料理としているホルホグ、ボーズ、ホーシュルなどの食事も楽しめます。トイレは洋式で清潔に清掃されています。 またシャワーは男女別の設備になっており、ボイラーで湯がわかされており、決められた時間に利用することが出来ます。
ミニナーダム祭
ナーダム祭は毎年7月11日の建国記念日にウランバートルで開催されます。 ドゥガナハドではミニナーダム祭を楽しむことが出来ます。7月のナーダム祭に出場する選手たちによるモンゴル相撲、この地域の遊牧民の少年選手たちによる競馬、弓の競技などが行われます。
テレルジ国立公園
ウランバートルから70キロのテレルジ国立公園は、それまでの平らな草原地帯とは異なり、奇岩や樹木が目立つ保養地だ。テレルジまではほぼ舗装路なので、オンロード車でも大丈夫。テレルジは、ウラーンバートルから約70キロにあり、一年中オープンしている。なだらかな山々や森林に四方を含まれ、清流が流れる、ウラーンバートルから一番近い静かな保養地であ る。ここでのんびりするのはまた面白いだろう。旅行家がモンゴル民族ゲルをお使いになる。
テレルジはウランバートルから日帰りできる山と緑の風光明媚な保養地です。テレルジの草原には人間や亀の形をした岩や、岩山には探検ができる洞窟もあります。草原の一部には恐竜の模型を展示しているテーマパークになっていたり、季節によっては色とりどりのかわいらしい花を楽しむことができます。テレルジはモンゴル人の保護地にもなっており、ホテルやツーリストキャンプもたくさんあります 。
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